労働基準法 ・ 第3章 雇い入れから退職まで ― 労働契約のルール
3-4契約時に示すべき労働条件第15条
1. 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
2. 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
3. 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
ポテ退職金制度がない会社なら、「退職に関する事項」も示さなくていいですよね?
ロウ先生「退職に関する事項」は辞め方のルールで、どの会社でも必ず書面で示します。制度がある会社だけが示せばよいのは「退職手当に関する事項」です。
ポテえっ、そうなの!?名前がそっくりで、しっぽがこんがらがります!
ロウ先生もう一つ。示された労働条件が事実と違えば、労働者はすぐに契約を解除できます。
ポテなるほど!「月給24万円」って聞いて引っ越したのに20万円だったら、その場でさよならできるんですね!
第15条は「入社してから話が違うと気づく」ことを防ぐための条文です。給料や働く時間を、契約のときにはっきり見せておく。見せた内容が嘘だったら、労働者はすぐに契約から抜けられる。この2段構えになっています。
この条文は、改正のたびに中身を増やしてきました。平成10年の改正で賃金に加えて労働時間などの事項が、平成15年の改正で「解雇の事由」が、書面で示す対象に加わっています。
いつ、だれが示すのか
- タイミングは「労働契約を結ぶとき」です。有期契約を更新するときも、新しい契約を結ぶことになるので、改めて示します。
- 求人広告や面接の段階での明示は、労基法15条の義務ではありません。募集時の明示は職業安定法が別に求めています。
- 派遣で働く人には、雇い主である派遣元が示します〔昭和61年基発333号〕。派遣法34条の就業条件の明示と一緒に行ってもかまいませんが、中身が一部違うので、就業条件の明示だけで済ませることはできません。
- 使用者は、示す労働条件を事実と違うものにしてはいけません(労基則5条2項)。
必ず示す事項と、定めがあれば示す事項
示すべき事項は労基法施行規則5条1項が並べています。どんな会社でも必ず示す「絶対的明示事項」と、会社にその制度があるときだけ示す「相対的明示事項」に分かれます。
| 区分 | 事項 | 書面等が必要か | 就業規則の絶対的必要記載事項にも入るか |
|---|---|---|---|
| 絶対的 | 契約の期間 | 必要 | 入らない |
| 有期契約を更新する場合の基準(更新の上限があればその上限も)※更新があり得る有期契約の場合 | 必要 | 入らない | |
| 就業の場所と従事する業務(変更の範囲も) | 必要 | 入らない | |
| 始業・終業の時刻、所定時間外労働の有無、休憩、休日、休暇、交替制の就業時転換 | 必要 | 入る(所定時間外労働の有無を除く) | |
| 賃金(退職手当・臨時の賃金等を除く)の決定・計算・支払の方法、締切り・支払の時期 | 必要 | 入る | |
| 昇給 | 不要(口頭でよい) | 入る | |
| 退職(解雇の事由を含む) | 必要 | 入る | |
| 相対的 | 退職手当(適用範囲、決定・計算・支払の方法、支払時期) | 書面は不要(口頭でもよい) | |
| 臨時の賃金・賞与など、最低賃金額 | |||
| 労働者に負担させる食費・作業用品など | |||
| 安全・衛生 | |||
| 職業訓練 | |||
| 災害補償・業務外の傷病扶助 | |||
| 表彰・制裁 | |||
| 休職 | |||
ひっかけ注意「退職に関する事項」と「退職手当に関する事項」は別物です。辞め方のルールである前者はどの会社でも必ず書面で示します。お金の話である後者は、退職金制度がある会社だけが示せば足ります。
示し方
書面が必要な事項は、紙で渡すのが原則です。ただし、労働者本人が望んだときは、次の方法に切り替えられます。
- ファクシミリで送る
- 電子メールやSNSのメッセージなど、受け取る人を特定して送る方法(本人が記録を印刷して書面にできるものに限る)
会社が一方的に「メールで送っておきます」と決めることはできません。あくまで本人の希望が条件です。
行政解釈で補う示し方の細部
- 契約の期間:期間があるならその長さを、ないなら「期間の定めなし」と示します〔平成11年基発45号〕。
- 労働時間と退職:内容が多くなるときは、勤務の種類ごとの始業・終業時刻や休日の考え方を示したうえで、当てはまる就業規則の条項名をもれなく挙げれば足ります〔平成11年基発45号〕。ただし所定時間外労働の有無は、条項名で代えずに示します。
- 賃金:就業規則と合わせて読めば本人の賃金が確定できればよいとされます。賃金等級が書かれた採用辞令でもかまいません〔平成11年基発168号〕。
- 更新の基準:本人が満了後に続けて働けるかどうかを、ある程度見通せる内容にします〔平成24年基発1026第2号〕。「自動更新」「更新の場合あり」「更新しない」のどれかと、更新するかどうかを決める材料(業務量、勤務成績や態度、能力、会社の経営状況、仕事の進み具合など)を書く、といった示し方です。
令和6年4月からの追加分
変更の範囲〔令和5年基発1012第2号〕
- ここでいう就業の場所・業務は、ふだん働くことが予定されている場所と仕事です。配置転換や在籍出向で行く先は含みます。一時的な応援、出張、研修先は含みません。
- 「変更の範囲」は、今の契約期間中に変わる見込みのある範囲です。更新後の期間のことまで書く必要はありません。
- テレワークがふだんから予定されているなら、その場所も変更の範囲に入ります。たまに行う程度なら入りません。
- 有期・無期を問わず、すべての契約で示します。日雇いの人は、その日の場所と仕事を示せば足ります。
無期転換に関する事項(労基則5条5項・6項)
ある有期契約の期間中に、労働契約法18条の無期転換を申し込めるようになるなら、その契約を結ぶときに上乗せで次の2点を示します。
- 無期転換を申し込めること(その契約の初日から満了日までの間に申込権があること)
- 転換した後の労働条件(上の表の各事項に当たるもの)
2のうち、相対的明示事項に当たる部分は、会社に定めがなければ示さなくてかまいません。書面等で示すのは、1と、2のうち絶対的明示事項に当たる部分(昇給を除く)です。転換後の条件は、事項を一つずつ示すほか、「今の契約からここが変わる/変わらない」という形で示してもよいとされています。
具体例で考える
架空の旅館「ゆふいん荘」が、大阪に住む中村さんを「月給24万円、寮完備」と書いた書面で採用しました。中村さんは引っ越して6月1日に働き始めましたが、実際の月給は20万円でした。
- 中村さんは、その場で契約を解除できます。予告期間はいりません(15条2項)。
- 6月1日に解除した場合、14日の数え方は翌日の6月2日が1日目です(民法140条の初日不算入)。6月15日までに大阪へ戻るなら、旅館は帰りの旅費を負担します(15条3項)。
- 旅費には交通費のほか、途中の食費や宿泊費など、帰るまでに普通かかる費用が含まれます。中村さんと一緒に引っ越してきた、中村さんが養っている家族の分も対象です。内縁の配偶者も含みます〔昭和22年発基17号〕。
15条2項の解除は、契約を最初からなかったことにするものではなく、解除の時点から先に向けて労働関係を終わらせるものです〔昭和23年基収3514号〕。また、即時解除は労働者に与えられた選択肢の一つにすぎず、解除せずに、示されたとおりの条件で働かせるよう求めることもできます。
行政解釈と裁判例
- 即時解除できる「事実との相違」は、労基則5条1項で示すべきとされた労働条件についての相違に限られます。社宅のように単なる福利厚生施設とみられるものの違いは含みません〔昭和23年基収3514号〕。
- 即時解除できるのは、自分の労働条件が違っていた場合です。「同僚の待遇を上げてくれるなら入社する」と約束して入った人が、同僚の待遇が上がらなかったことを理由に即時解除することはできません〔昭和23年基収3514号〕。
- 入社後に就業規則が変わって条件が変わったときは、15条の明示を改めて行う必要はありません〔昭和24年京都地裁判決〕。ただし変更後の就業規則の周知(106条)は必要です。
- 使用者には業務上の必要に応じて勤務地を決める裁量がありますが、転勤命令が権利の濫用になることもあります。業務上の必要がない、不当な動機や目的がある、通常がまんすべき程度を著しく超える不利益を負わせる、といった特段の事情があれば濫用とされます〔東亜ペイント事件・最高裁昭和61年7月14日判決〕。
暗記明示しなかった場合も、帰郷旅費を出さなかった場合も、罰則は30万円以下の罰金。帰郷の期限は「解除から14日以内」。
覚え方「いよ(14)いよ帰ろう、旅費は会社持ち」……明示された労働条件が事実と違えば、労働者は即時に契約を解除でき、就業のために住居を変えた人が解除の日から14日以内に帰郷するなら、使用者が必要な旅費を負担する(15条2項・3項)。明示しなかった場合も、帰郷旅費を出さなかった場合も、罰則は30万円以下の罰金。
ポイント就業規則の絶対的必要記載事項(89条)と並べて覚えると効率的です。契約の期間、更新の基準、就業場所と業務の3つは、明示では必須なのに就業規則には書かなくてよい事項です。個人ごとに違う内容だから、と考えると納得しやすくなります。